2023年、3月23日


広島大学を卒業した。
4年前のこの時期は、春から始まる新生活に心を躍らせていた。
物が少ない新居へ早々に引っ越し、ベットも搬入されていないため床に寝袋で寝て、馴染まない風景を散策しながら入学式の日程をチェックしていた。
入学祝いで買ってもらったゲーミングデスクトップPC(ガレリア)をセッティングして、大学用のsurfaceを横に置き。
Twitterで同じ学部の子と繋がりつつ、束の間の平穏を実感していた。
こうして始まった大学1年生
実際に大学に行ってみると、友達のなりかけはできるが、心から友達だという人物には出会えなかった。
ノリがよさそうなやつらと時間を共にし、そいつらと同じサークルに入ったけど全く面白くない。
4月末に先輩から賭けボーリングで2万吸い取られ、飲みで人生最初で最後の記憶を飛ばした。
5月に初めてのバイト「エディオン東広島本店」に入るが、それも飛びまくった。社員からは嫌われまくった。
学科での合同イベント「宮キャン」も、元カノから各種コンテンツへの参加制限を受けて全然楽しめなかった。
最悪のスタートと言えるが、それなりに大学自体は楽しんだ。
一緒に授業を受け、学食で飯を喰らい、家に帰ってゲームをしたり、休日には旅行にも赴いた。福岡、大阪、京都、三重に行ったかな。
前期では大量に単位を落としたけど、後期でなんとか取り返したり。
少しずつ、大学生活に慣れを見出していった。
年が明けて2020年2月
株式会社ミスミグループ本社の採用担当の方と1on1をした。
広大で行われていたエンカレッジの横の部屋で1on1。1時間程度話した後はエンカレッジの見学もした。
当時は、自分よりも優秀な奴よりも良い人生を歩んでやるという反骨精神みたいなものがあったと思う。
西条という土地で田舎コンプレックスを抱えていたために、東京という土地で成功を掴みたいという野心みたいなものもあった。
そしてこの時から、言葉にもならない違和感も感じていた。
自分を偽ってまで優秀だと言われることへのもや付き、はたしてこれで本当にいい人生を送れるのか?という疑問。こうした、当時は言語化すらままならなかった違和感を抱えた。
目の前で1on1してくれた人や、エンカレッジを受けていた人たちの姿にリスペクトは持っていたが、俺の居場所はここじゃないなと、薄っすら思っていた。
けれど言葉にもならないし、他の選択肢もわからない。
とりあえず今は、いい人生に向かっているのかなと思い込んで、蓋をした。
2020年、3月。丁度3年前
コロナが来ているというニュースが流れていたが、俺自身はそれどころじゃなかった。
元カノと別れ話の最終決戦
メンヘラで俺の時間をとことんまで奪っていったアイツは、最後の最後まで時間食い虫で。
2月に話を切り出したはずなのに、気づけば3月後半に差し掛かり、1週間後から授業開始のメールが届いていた。
授業が開始するも、チャイムの音は聞こえない。
テレビでは緊急事態宣言発令の文字がデカデカと強調され、近所の店は軒並み閉まり、人との接触は憚られた。
友達関係も取り戻せず、一人ワンルームの中でパソコンと向き合う。
授業中も。ゲーム中も。誰かと話すときは必ずパソコンという媒体を通した。
この期間、元々エディオンでバイトを飛びまくるような人間を、より社会から隔絶するのには十分な期間だった。
朝もまともに起きれず、次第にカーテンは閉めっぱなしになり。
午前か午後もわからないまま、起きたらパソコンに座りApexを起動する。
最初は正直、天国のように思えた。
何もしなくていい。授業も入っておくだけでいいし、オンデマンド型ならその時間に起きなくても問題は無い。
幸せかのように思えた日々は、ある日突然牙を向ける。
強まる孤独感、10数キロの体重減量、止まらない肌荒れと出血。
金は無いのに煙草の本数は増え、食費を削ったためにパンとお米は高級品。
風呂場では3か月間、毎日鼻血が出てた笑
空虚で無機質な日常。
俺には何もないんじゃないかという不安に襲われ、生きることはここまで難しいのかと悟った。
2月に思っていた違和感がふつふつと湧き上がってくる。
今のままで人生は良くなるのか
俺の人生、どうなるんだろうか
将来への呵責を覚え、限界に達した俺は外に出た。
旅行で触れたシーシャにのめり込み、大学の授業をかなぐり捨てて市内へ行く。
店長との会話を楽しみながら、隣席する人たちと親交を深め、時には高校の同級生と遊びに行く口実に使った。
ふと、シーシャ屋になろうと思った。
俺みたいな、孤独で隠れ意識高い系な奴らは絶対に好きだし、何より同じ境遇のやつらを自分も救いたいと思った。
コロナの中でも席が埋まるその姿を見て、売れる見込みは十分あるなとも感じていた。
人生の行く末をとことんまで悩んでいた俺にとって
シーシャをやる選択肢は蜘蛛の糸のごとき存在で。
本当に救いだった。
そこからは過去のユーザーノートでも何回か語ったことのある流れである。
偶然となりの席に座っていたゆーきゃんさんと出会い
ほーりーさんや宮代さんに出会い
きゃんさん筆頭にいそぽんやはるたと共にHFF第2回を作り
そこから吉平や哲太、回を追うごとにこーちゃんやみっちゃんも参戦し
湧喜と共に初主催のイベントを行って、いつきや大地、楓を仲間に巻き込み
最愛の恋人とも出会った。
これが大学3年の時。
そして1年前
このユーザーノートが上がったのが、1年前の3月30日
今年1年、俺にとっては非常に苦しい時期だった。
現実を突きつけられた時期とも言える。
シーシャの間借り営業を始めたはよかったものの、完全新規の獲得に悩み
広島AR立ち上げが本格的に始まったものの、集客はままならず
シーシャの新店舗を作るにも、審査など通るわけもなく
結果が出ない日々に悩みつくしていた。
ビジョンも浮かばず、金もない。
巻き込んだ子達も、広島ARの子も、余裕をなくした自分がマネジメントなどできるはずもなく。
1人、また1人と離脱者が出ていった。
けれど、俺にとって救いだったことがいくつもある。
庄田さんが結果が出ない中でも見限ることなく月1広島に来てくださったり
既存の広島ARメンバー、さらにこうだいが加わって再びまとまってきてくれたり
TMSも、ずっとついてきてくれた湧喜を中心として
新メンバーとして源ちゃんが入り
東京から広島に戻ってきて、隣でずっと支えてくれていたわこが
魚住さんの紹介でARに入り、俺のプロジェクトも支えたいと言ってくれてTMS再結成
シーシャ屋の方も、Kugrassの店長つながりでオーナーと知り合い、店を作る事で合意
結果は出ないなりに、ピースが少しづつ、揃っていった。
そして今日

店について、オーナーとファイナンス周りの事を諸々詰めた。
結果としては、俺の希望を通す事に成功。
2、3年後の俺の理想形とオーナーの理想形、合致し、人生設計通りに進むことが理論上可能に。
経営はこっちに全部任されるので、ようやく本番といった形である。

TMSも新歓に向けビラを作成。湧喜が徹夜で作ってくれた。
まだまだ文章とか、ブラッシュアップすべき点はいくつかあると思う。。
4月前半向けて最終調整。
この先、各自の頑張りもそうだが、俺のマネジメント力も問われる。

広島ARも各種イベントに向け動き出しが進んでいて、今現在はその準備中。
ここが整えば、明後日から集客開始といった感じである。
この4年間、俺にとっては全てが無駄ではなかった。
最悪のスタートを切った1年生4月も、つまらない人間がいるという事を知れたし
コロナで何もなくなった2年生4月も、空虚すぎる人生はつまらないという教訓を与えてくれたし
衝撃と絶望、そして希望を与えてくれた3年生、4年生も、今となっては必要な期間であったように感じる。
2年前、シーシャ屋をやろうと思った俺には本当に何もなかった。
金もないし、シーシャを作るスキルも、経営の知識も、経験も実績も。
あったのは時間。
そして ”熱量” だけだった。
シーシャ屋をやるという熱量
誰にも負けたくないという熱量
絶対に人生を豊かにするという熱量
様々な熱量が、俺の原動力となり、突き動かしてくれた。
そしてその上で、俺は本当に恵まれていると思う。
きゃんさんに出会い、巻き込んでもらっていなければ今の俺はいないし
先に挙げた仲間と出会っていなければ、また違った未来になっていただろう。
奇跡的に運を味方につけることができたが
そもそもの熱量がない人に成功など訪れないと俺は思う。
最近、ユーザーノートを書くときはよく
「自己実現はハードモード」
という言葉を使っている。
何もない学生が成功をつかみ取るためには
運という要素は正直外せない。
そもそもこのユーザーノートが読めている時点で、
あなたはARという組織に属し、理想的な環境を与えられ、成功確率を上げられる状態にあるのだから
この環境につないでくれた人と出会えたという運を
あなたがつかみ取った事に他ならない。
けれど熱量というものは、個人でしか生み出す事のできないものである。
運があっても、それを生かすも殺すもあなた次第。
何より、最初の状態から熱量を取ってしまったら何が残るのか?
スキルや知恵ももちろん大事なのだが
その人の哲学や価値観から生まれる熱量にこそ
俺は価値があると思うし
唯一無二、最強の武器となるとも思う。
改めてこの4年間、俺にとって何1つ無駄な時間ではなかった。
もっと早くたどりつけたのではないか
もっとやれたのではないか
そういう思いもあるけれど、これが俺の熱量で生み出した結果だった。
この春から、俺はまた新たな時間が始まっていく。
シーシャ屋を作る
2年前に掲げた1つのゴールであり
同時にスタートラインでもあるこのタイミングは、
わくわくと少しの不安を俺にもたらす。
けれど、現状に全くというほど満足していないのも本音である。
どうやら思考で考えるよりよっぽど、本能の方はハングリーみたいだ。
より貪欲に。より精密に。より着実に。より最短で。
苦しい事もあるけれど、考えれば考えるほど、最近は未来が楽しみになってくる。
ここまで熱量をもって人生を歩めることを、とても幸福に思う。
かつて、熱量しかなかった俺を、1つのゴールに導いてくれたのは紛れもなく周囲のおかげだ。
関わってくれている先輩、後輩、総じて仲間達に、最大限の感謝とこれからもよろしくを。
最後に
熱量にありふれた人生を、みんなにも歩んで欲しいと思う
〆

